「さまよえるベガ・君は」(正井)雑感。


小説でも映画でも、
それを「好き」ということをちゃんと言葉にしやすい作品と
そうでない、どうすれば「好き」ということが伝えられるのか
分からない作品とがある。

何がそれを分けているんだろう、と少し考えて、
ひとつ、ふと思い当たることがあった。

その「好き」が「美しい」という感想に分類されるとき、
それを言葉にすることがどうにももどかしく感じるのだと思う。

「その美しさは君自身の目で確かめてくれ!」なんて
出来の悪いゲーム攻略本の最後のページみたいなことを
言ってしまいそうになる。

でもこの本は、ほんとうに手に取って開いて読んでみてほしい。
「さまよえるベガ・君は」
僕はこれを読んで、「美しい」という感想をもちました。

短歌を小説という形に書き起こした、
いわゆる「解凍小説」というものです。
いつ見ても思うけど、この解凍小説という言葉おもしろいですよね。
57577の言葉に圧縮された世界を
元通りの形に戻しちゃう。
ときどき、それは「解答小説」とのダブルミーニングなんじゃないかと
思うことがある。
短歌で与えられた問いに、それはこういうことだろうと解答を返すんじゃないかって。
つつがなく日々
モンシロチョウと少年
流れゆく
さまよえるベガ
はるかな海よ
君は
永久田湖のこと
コオトニイ・タウン
ロンドンNo.1580920
の9篇からなる、短編集。
それぞれにもとになった短歌があって、
各作品の最後に記されてある。
選ばれた短歌がまたよくて、
小説と、そのあとに読む短歌と、二度おいしい。
小説を読んで広がった世界が読後にすとんと圧縮されるみたいな、
なんだか不思議な感覚を味わえる。

僕はこれを恋愛の本だと思って読んだ。
わかりやすい恋愛なんてひとつも出てこない。
ああ、そうなんだ。
そういうふうにややこしくて、わかりにくくて、
淡くて、よわくて、頼りない。
そんな恋愛を、僕たちはきっと知っている。
気づかないうちに。
だからこの本を読んでいると、ふいうちみたいに泣きそうになる。

涙。海。宇宙。
本の表題にもなっている「さまよえるベガ」は宇宙を旅する話だ。
それはなんとなく、小説を読む風景と相似する。
僕たちは決して簡単ではないやり方で、それを求め、
手に入れたなら帰らなくてはならない。

「さまよえるベガ・君は」は、6/18まで大阪の西淀川で開催している
「カマタまで文学だらけ」でも取り扱っています。
よかったらぜひ、見ていってくださいね。