キリチヒロさん「ELEKTRAS TOD」読了。

先日のZINE展in Beppuで購入した
キリチヒロさんの「ELEKTRAS TOD」を読み終えました。

この本はですね、先日の文学フリマ東京で扱わせてもらったのですよ。
というのも、富山のお姫様であるところのななさんが
ツイッターで読後感想をあげていらして、
それがすごくいいなーと思ったので。
もし文学フリマで欲しい人がいたら、
本があれば嬉しいだろうなーと思って。
その甲斐あって、文学フリマでは手持ち分完売しました。
いえいいえい。

というわけで、「ELEKTRAS TOD」。

これはキリチヒロさんが書かれた卒業論文を本にされたものです。
原題は「エレクトラの「死」」。
エレクトラというオペラに関する論文ですね。

エレクトラギリシア神話に登場する女性の名前で、
アイスキュロスエウリピデスソフォクレスという
ギリシア悲劇三大詩人がそれぞれ劇(悲劇)の形にしています。
このうち「純粋に芸術家の手になったもの」とされる
ソフォクレスの劇が、のちにホフマンスタールの手によって
演劇とされました。
これをオペラの形にしたのがシュトラウス

シュトラウスのオペラは1906〜1908年に初めて上映されたものですが、
およそ100年の時を経て、2012年にはオーストリア第二の都市グラーツにて
ヨハネス・エーラト演出の「エレクトラ」が上映されました。
これがすごくって、
本来の「エレクトラ」は古代ギリシア・ミケーネが舞台なんですが、
エーラトの「エレクトラ」は現代の精神病院が舞台なんですよ。
で、女性はみんな患者で、男性はみんな医者か監視員。

ヨハネス・エーラト
https://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Erath

キリチヒロさんは当時、この「エレクトラ」を留学先であったグラーツ現地で見て
衝撃を受けたといいます。
劇場に通って結局6回も「エレクトラ」を見て、1年後にはインタビューのため
再びグラーツを訪れたというからすごい。
この本は、エーラトへのインタビューをメインとして第三章に記し、
第一章では異色であった2012グラーツ版の「エレクトラ」に関する予備知識、
第二章ではホフマンスタールと同時期にオーストリアで活躍し
エレクトラ」にも多くの精神医学的な影響を及ぼしたジークムント・フロイトに関する説明と、
それの「エレクトラ」への関わりを記しています。
第三章のインタビューを挟んで、最終章に結論。

私はエーラトのエレクトラはもちろん、エレクトラ自体見たことがないし、
それどころかオペラを見たこともないのですが、とても読みやすく分かりやすい文章で
オペラから表現一般まで、多くの知識を得たし、疑問も得たし、視界が広がったように思います。
表現についていろいろ考えることになる、と思う。

特に面白かったのが、エーラトのインタビューですね。
「作中の支配者であるエギストはフロイトそのものなのか?」
多くの批評家が指摘したその論に対して、エーラトはこう答えるわけです。
「エギストはフロイトではない」
「ただの遊び」
「皮肉にすぎない」
「ドイツ語で「狂っている」というのは美しい表現だ、なぜなら
「狂っている」というのはただ「規則からずれている」という意味だからだ。
となると、その規則を定めたのは一体誰か?」
なぞかけですよね。
論文の中でキリチヒロさんも、彼女なりの答えを導き出す。
この論文の読者が、それぞれの答えを考えてみてもいい。
読者が読者に留まらず、この作品に参加を始めるわけです。

もうひとつ面白かった箇所が、作中でもクライマックスである「名前のない踊り」。
ここでエーラトは、ト書きに反し、エレクトラに躍らせなかった。
その代わりに、舞台を回転させた。
これについてエーラトは
「最初からこうするつもりだった」
と言います。
「どんなに踊りの才能のある歌手でもこれに到達することはない。
音楽が内包しているものはさらに大きい。
だから全てを回すのだ」
これは私なりの考えなのだけど、ここでエーラトが躍らせたかったのは
観客を含めた、舞台以外の全てだったのではないかな。
異常と正常、生と死、患者と医者、
あらゆる境界を劇中で乗り越えて、
線を引いたフロイトをエギストに模して皮肉ったエーラトなら、
そうしたんじゃないかな。

あなたはどう思いますか?

エーラトは最後にこう言っています。

「自ら語りたくない部分もある。
というのも、それはたとえば
私が「そう」理解していたとしても
別の人間にはまた異なるように
理解することができるものだからだ。
それこそを私は高く評価するのだ」

いい言葉だな、と思う。
それぞれがそれぞれに解釈し、作品をそれぞれの形で生かすことを
許容してくれる包容力のある言葉です。

それに関連して、
最後にキリチヒロさんが締めてる言葉が一番好きです。
「私たちはいわば「作品」を中心にして
二重の球体を構成しているのだ」

他にもオペラと小説の相似点についてとか
語りたいことはたくさんあるのですが、
長くなるのでこのへんで。
何か作る人もそうだし、それを受け取る人も、
見方を広げてくれる素敵な論文です。

http://hydrablue.thebase.in/
ここで通販できるようなので、ぜひぜひ。
あまり在庫ないという噂なので、お早めに。